Monday, December 10, 2007

さくぶん3:研究と日本語

ポスターはっぴょうに書いた甘えの構造と言う本には特別な思いでが有ります。この本を初めて見たのは丸全と言う本屋さんでした。自分の専門の本を日本の本屋さんで買ったのはこれが初めてでした。その日の朝京都大学と哲学者の西田幾多郎が散歩したと言う哲学の道を観光していました。それで、日本の学者の考えにも興味を持つようになりました。そのけっか、日本の哲学や心理学も自分の研究に大切だっと言う事に気がつきました。現在も、自己評価や決定と言う私の博士論文の研究にやくだっています。

2 comments:

yukki said...

『甘え』にはそんな思い出があったんですね。私は「日本人だから」という一般化やステレオタイプは好きじゃありませんが、日本の社会で育った人(私を含めて)の価値観や考え方には、日本の文化や社会の影響があるでしょうね。それが「日本の哲学」という形であらわれているのでしょうか。

yokoさんは二つの文化(もっと?)を持っていて、うらやましいです。

yukki said...

今日、話した「書き言葉」のスタイルで、このポストを書き直します。これを見本(みほん;sample, example)にして、あとの作文を書き直してみてください。ポストをEditしないで、Post A Comment...で、コメントとして残してください。

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ポスター発表に書いた甘えの構造という本には、特別な思い出がある。この本を初めて見たのは、丸善という書店(しょてん; 「本屋」のフォーマルな言い方)だった。自分の専門の本を日本の書店で買ったのはこれが初めてだった。その日の朝、京都大学と、哲学者の西田幾多郎が散歩したという哲学の道を観光していた。その結果、日本の哲学や心理学も自分の研究に大切だということに気がついた。これらの分野は、現在も、自己評価や決定という私の博士論文の研究に役立っている